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太平洋の翼 金納雅彦

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「太平洋の翼」は「太平洋の嵐」の三年後、昭和三十八年に作られました。「太平洋の嵐」同様、戦争の栄光と悲劇を見事に描き抜いた映画です。
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いきなり字幕とともに紫電改の大編隊が映し出されます。そして団伊玖磨さんの勇壮なテーマ曲で始まります。三三七拍子が入っているのが不思議で面白いです。
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監督は「太平洋の嵐」と同じく松林さんです。松林監督は僧侶でもあるそうです。したがって、この二作品を反戦映画として観てくれない人たちを見て、その後長い間戦争映画を作らなかったそうです。しかしこの二作品をしっかり観賞すれば誰でも平和の有難さを感じずにはいられません。
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出演者は「太平洋の嵐」と同じく東宝のオールスター総出演です。若大将までいます。
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「太平洋の嵐」は空母と雷撃機が主役で戦闘機同士の空中戦は少なかったのですが、今度は戦闘機が主役です。
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「太平洋の嵐」のゼロ戦は資料不足だったのか塗装や車輪に若干の疑問がありました。しかし「太平洋の翼」の紫電改はしっかりと調べられ作られているようです。
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円谷さんの映画にはゴジラ役の中島春雄さんが必ずと言っていいほど出演しています。
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やはり円谷さんの名前が出ると興奮せずにはいられません。

マリアナ沖海戦 金納雅彦

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「太平洋の翼」は昭和19年6月のマリアナ沖海戦の空中戦シーンから始まります。ミッドウェー海戦と比べると日米の立場が逆になっており、質量ともにアメリカが上回っていました。
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アメリカの正規空母15隻に対し日本は空母9隻、しかしほとんどが正規空母ではありません。したがってアメリカの艦載機は1000機以上、日本は400機程でした。しかもパイロットの技量はアメリカが遥かに上回っていました。
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アメリカは真珠湾攻撃直後から危機感を持ち空母の建造やゼロ戦に対抗できる戦闘機の開発そしてパイロットの養成を全力で実行しました。それに比べ日本は初戦の連戦連勝やミッドウェー海戦の敗北を極秘にしたため、B29が日本に飛んでくるまで、ほとんどの日本人が戦争は勝っていると思い込み、すべてにおいて全力を尽くしていたとは言えないのです。
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特にパイロットの養成を怠っていました。マリアナ沖海戦に参加した日本のパイロットのほとんどが真っ直ぐにしか飛行できなかったそうです。日本は戦争後半になって学徒出陣をやったことは有名ですが、アメリカが学徒出陣をやったのは真珠湾攻撃直後だそうです。
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マリアナ沖海戦ではミッドウェー海戦時の日本の驕りや油断はアメリカにはなく、どんな計略を考えても日本は一方的に負けるしかなかったのです。
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日本の艦載機は一方的に壊滅しました。日本の空母も潜水艦などの攻撃で3隻を失います。
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アメリカの一方的な勝利だったのですが、なぜかアメリカは艦載機を120機以上損失します。
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これは逃げる日本機動部隊をアメリカ機動部隊が無理に攻撃したためです。アメリカの艦載機は航続距離が短いため失った艦載機のほとんどが燃料切れの不時着か着艦の失敗だそうです。
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そして昭和19年10月のレイテ沖海戦で連合艦隊のほとんどが壊滅してしまうのです。

新鋭機「紫電改」 金納雅彦

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レイテ沖海戦で連合艦隊は壊滅しました。これからどうするのか海軍軍令部で会議が始まります。
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ほとんどの参謀が本土に残った航空機5000機をすべて特攻機にして敵艦に体当たりするしかないという意見です。
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しかし千田参謀は特攻は自ら滅ぶ完全な敗北だと言います。それよりも精強な戦闘機部隊を作り制空権を握らなければならないと主張します。
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千田参謀の意見は通りましたが、特攻攻撃も行うことになります。
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千田参謀は新鋭機を他の参謀に見せます。紫電改です。
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ゼロ戦の二倍の馬力があり、二十ミリ機関砲四門の重武装、旋回能力も工夫してあるというものです。
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そして目的もなく戦争をやったため広範囲に散り散りになった熟練パイロットを本土に呼び集めなければなりません。硫黄島、ラバウル、フィリッピンの三ヶ所からです。

硫黄島とラバウルそしてフィリッピン 金納雅彦

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各地の熟練パイロットは日本本土に向かうように打電されます。
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硫黄島ではサイパン島が陥落してからアメリカによる空爆が連日のように続いていました。
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兵士は洞穴に立てこもり、ひたすら耐えるしかありません。ここにも飛行機を持たない熟練パイロットがいます。
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安宅大尉他3名です。
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ここはラバウル。昭和17年10月の南太平洋海戦でアメリカは空母ホーネットを失い使用可能な空母がなくなりました。自ら史上最悪の海軍記念日と呼び日本はハワイやアメリカ本土に攻め込んでくると恐怖を感じたそうです。ハワイのアメリカ人は日本軍の上陸を恐れアメリカ本土にほとんど移住してしまいました。
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しかし日本はミッドウェー海戦敗北がトラウマになっており二度と東進することはありませんでした。ここラバウルを拠点に目的のない戦いを続けました。おかげでアメリカは多くの飛行機をヨーロッパに回すことができドイツから制空権を奪います。どんな強力なドイツの戦車部隊も制空権がなければ爆撃の目標でしかありません。ベトナムのような戦車を隠してくれるジャングルはヨーロッパにはないのです。日本の消極性がヒットラーを大いに苦しめたことになります。
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戦争後半、戦略的価値のないラバウルは戦闘から取り残されてしまいます。ここにも矢野大尉他多くの熟練パイロットがいます。
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ここはフィリッピン。レイテ沖海戦以後、制空権はアメリカのものになり日本は苦しい戦いを続けていました。
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ここにも滝大尉他多くの熟練パイロットがいます。
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しかし連日の戦闘で多くの戦死者が出てしまいます。
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ある日、空中戦で不時着した清水中尉が幸運にも現れます。

硫黄島組 金納雅彦

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硫黄島の安宅大尉他三名は二艘の小舟に乗り、海上で潜水艦とおち合い本土に戻ることになります。
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二艘の小舟は出発しますが、敵の飛行艇に遭遇します。
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飛行艇は小舟に機銃掃射をします。
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二手に別れ逃げる小舟。
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飛行艇が去ったあと日本の潜水艦が浮上してきました。
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小舟を助けようと潜水艦から飛び出す乗組員。
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進んで来る小舟に手を振る乗組員。
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しかし、小舟に乗った二人は飛行艇の機銃掃射で戦死しています。
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艦長が近づいて来る敵飛行艇を発見しました。
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急速潜航をする潜水艦。
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アメリカの飛行艇は潜る潜水艦を見つけ爆弾を落とします。
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爆弾で水柱が上がりますが、潜水艦は無事でした。
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夜になって再び潜水艦が浮上します。
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近くの島に隠れていたもう一艘の小舟が潜水艦に近づきます。
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安宅大尉他一名は何とか救助されました。
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無事を喜ぶ艦長の三原少佐。
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潜水艦の報告を受け喜ぶ千田司令と加藤副長。
プロフィール

呉越の戦い

Author:呉越の戦い
金納雅彦 1958年2月20日福岡県に生まれる。中学生時代に無理な勉強をしてストレス病になり、いまだに治りません。しかし様々な経験から合理的に考えることの重大さを知ります。そして明治政府が孫子の兵法に大きく関係していることを発見します。以後、孫子に傾倒し研究を続けています。

ベーシックインカムやパンとサーカスそして元老院制度の実現を願っています。

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