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孔子との違い 金納雅彦

2500年前は諸子百家といわれる様々な思想家が生まれました。そのうちの孔子は強者の味方で上下関係を守ることで、秩序や平和を守ろうという考え方です。しかし悪用されれば封建制度や奴隷制度を肯定することになります。やはり自由平等を守るためなら、弱者の味方をするべきだというのが孫子や墨子の考え方です。とくに墨子は理想主義であったため激しく孔子と対立し国王の存在まで否定します。そのため中国を統一した始皇帝によって弾圧されてしまいます。それに比べ孫子は合理主義なので無理なことは言いません。鳴くまで待とうホトトギスというわけです。

孫子の活躍 金納雅彦

孫子は小国の呉に仕官して軍師になります。そして横暴だった大国の楚に戦いを仕掛けます。孫子の計略と慎重さで見事に呉は楚に勝利します。しかし今まで友好的だった小国越が留守になっていた呉に攻め込んできました。呉軍は急いで引き返し長い呉越の戦いが始まります。呉軍は越と戦いますが、越の計略にかかり国王が死んでしまいます。その子夫差があとを継ぐのですが、夫差は悪大臣を重用したため、危険を感じて孫子は軍師を辞めてしまいます。その後孫子は歴史から姿を消し、どうなったかは定かではありません。夫差は父の恨みを忘れまいと薪を枕にして寝ます。そのかいあって呉は越を破ります。そして越の勾践王は夫差の奴隷同然の身になり命を助けてもらいます。しかし勾践は苦い肝をなめ密かに復讐を誓い、やがて呉を滅ぼしてしまいます。これが有名な臥薪嘗胆の故事です。勾践の軍師は孫子の弟子だったという話もあります。孫子も自分の弟子と戦うわけにはいきません。自分で自分の首を絞めるようなものですから。

恐るべき計略 金納雅彦

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昔から計略によって弱者が強者を倒した例は数多くあります。春秋戦国時代でも孫子にならい様々な計略が行われました。孫子の子孫ではないかといわれる軍師は有名なかまどの計をやります。かまどの数を少しずつ減らしていき自分の軍隊が総崩れをし逃げ回っているように見せかけました。油断した敵の将軍は少数精鋭の騎馬隊だけで攻めてきます。これを全軍で待ち伏せし全滅させてしまいます。秦と趙の戦いでは秦軍が負けたふりをして大きな柵で囲ったくぼ地に40万の趙軍を誘い込みます。そして入り口と出口をふさいでしまいました。趙軍は食料や水を持ってきたわけではないので数日で戦闘不能になり捕虜になってしまいます。しかし、あまりにも捕虜が多いので秦の将軍は反乱を恐れ40万の捕虜をすべて殺してしまいます。秦の将軍は凱旋しますが、これを妬んだ臣下に恐ろしい男だと告げ口され自決に追い込まれます。その将軍はやはり天罰だと納得して死んだそうです。のちの諸葛孔明も負けたふりをする計略が得意でした。負けたふりをして逃げるという計略は決して昔話ではありません。日本もこの計略によって原爆まで落とされるのです。中国は自ら戦争をおこし負けたふりをして逃げ続け多くの犠牲者が出ているように見せかけました。そして世界中の同情を買い、ついに日本とアメリカを戦わせることに成功したのです。

背水の陣 金納雅彦


人間は危険を感じると精神的なストレスを感じます。そのストレスは人間のあらゆる能力を小さくします。つまり弱者が強者と戦う時はストレスのために蛇ににらまれた蛙のようになり実力を出せずに負けてしまうことが多いのです。背水の陣とは絶対絶命にして必死に戦わせるわけですが、それだけではストレスが大きくなるだけで逆効果です。本来、背水の陣とは絶対絶命にして諦めさせるのです。諦めて死ぬ覚悟をしてもらうのです。戦争で一番怖いのは死ぬことです。死ぬ覚悟をすれば怖いものがなくなりストレスもなくなり本来の力が出るということなのです。同じくスポーツで一番怖いのは負けることです。つまり負ける覚悟をすれば怖いものがなくなり本来の力が出せることになります。勝つと思うな思えば負けよという歌があります。この理屈がわかれば、わざわざ絶対絶命にする必要はないわけです。背水の陣で弱者が勝った例は多くありますが、あくまで本来の力が出るだけです。過信してはいけません。過信して敗北した将軍もいます。やはり己をしれ、怖いものを怖がり怖くないものを怖がらないのが本当の強さなのです。

受験戦争は国を滅ぼす 金納雅彦

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三国志で劉備玄徳が水鏡先生に教えを請います。「先生、私には勇敢な武将と優秀な学者が多くついております。しかし戦争では曹操に負けてばかりです。私は天に見放されたのでしょうか」「確かにあなたには優秀な学者がついておる。だが彼らは憶えることの得意な本の虫である。そうではなく考えることの得意な戦略家が必要だ」と言って諸葛孔明を探すように忠告します。三国志では頭のいい人が多くでてきますが明らかに憶えることの得意な文官と考えることの得意な戦略家に分けられます。憶えることに専念する者は考えることを怠り、考えることに専念する者は必要以上のことを憶えようとしません。どちらが重要かと言えば考えることです。憶えることだけではハンドルのない自動車に乗るようなものです。いつかは壁にぶつかったり落とし穴に落ちてしまいます。中国では諸子百家のように考えることを大事にした時代がありましたが、やがて科挙の制度が始まり憶えることの得意な文官が政治や軍事をやるようになります。そのため欧米列強から眠れる豚と言われてしまいます。日本も例外ではありません。明治の元勲たちは孫子にもとづき考えることの重大さを学んだ人たちです。しかし昭和になると受験戦争に勝ち残った憶えることの得意な文官たちが政治や軍事をやるようになります。彼らはエリート意識から猪突猛進になり易いのです。そして敵の計略に何度もかかり、やがて破滅してしまうのです。
プロフィール

呉越の戦い

Author:呉越の戦い
金納雅彦 1958年2月20日福岡県に生まれる。中学生時代に無理な勉強をしてストレス病になり、いまだに治りません。しかし様々な経験から合理的に考えることの重大さを知ります。そして明治政府が孫子の兵法に大きく関係していることを発見します。以後、孫子に傾倒し研究を続けています。

「弱者の味方 孫子の兵法 」 簡単でよくわかる
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