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受験戦争否定論 金納雅彦

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一時期の学力によって、その人の一生を評価する受験戦争に私は反対です。
私は学校の成績の上がり下がりが激しかった経験があります。そして、その成績は私の努力と正比例しませんでした。さらに、度を越した努力によってストレスの病気になってしまいました。
学力とは何なのか。どうすれば上がり、どうすれば下がるのか解明もせず、ひたすら勉強を頑張るのは猪突猛進のファシズムと同じ馬鹿の骨頂なのです。
福沢諭吉は封建制度を否定するために「学問のすすめ」で勉強を頑張るように書いてしまいました。しかし、吉田松陰は違います。学才のない伊藤博文を、僕すこぶるこれを愛すとまで書いています。頭の良さというのは学力や記憶力だけでなく、その人の考え方や性格も含むのではないでしょうか。学力のあるエリートに欠如しがちな謙虚さや常識をくつがえすような大胆さも頭の良さの重要な要素です。
憶えることに専念する優秀な学者は考えることが不得意だということは、三国志の時代から言われていることです。いまだに、それを理解しない人類はまさに馬鹿の骨頂なのです。
西洋文明とともに全ての人が学者を目指す受験戦争が流行したようです。しかし、西洋文明を発展させた造船技術、航海術、武器の開発、フランス革命、産業革命などは決して優秀な学者によって成し遂げられたものではありません。それを優秀な学者がやったものだと勘違いし、科挙と同じ記憶力を競うだけの受験戦争が流行したのです。
明治の元勲たちは受験に勝ち残った優秀な学者ではありません。手品師や円谷さんのような技術者のように考えることに専念する戦略家なのです。それに比べ昭和の政治家や軍人は大学や兵学校を主席で卒業したような優秀な学者たちです。彼らは大きな間違いを何度も繰り返し、日本を破滅に導きます。
優秀な学者は、必要以上に多くの知識で難しく考えたり、難しく説明したりします。これは詭弁のもとであり、間違った思想、科学などを生む元凶なのです。
孫子の兵法は合理的に簡潔に考えることを重要視します。孫子を理解しない人を私は頭がいいとは認めません。
記憶力を競うだけの学問は競技としてのみ、その存在を許されるのです。優秀な学者の馬謖に重要な仕事を任せてはいけません。

日本は学歴主義だったので戦争に負けた 金納雅彦

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三国志で戦争に負けてばかりいるの劉備玄徳に水鏡先生がアドバイスをします。「憶えることに専念する優秀な学者に頼るのではなく、考えることに専念する優秀な戦略家を探しなさい」
こうして劉備は徐庶、諸葛孔明、龐統と優秀な戦略家を味方にしていきます。

憶えることに力を入れる人を学者、考えることに力を入れる人を戦略家と定義できると思います。

人類は何千年もの間、憶える力のある人は考える力もあるという大きな錯覚をしてきたため、避けられる戦争を避けられず、小さい戦争を大消耗戦にしてきました。戦争に限らず多くの幸福を失い多くの不幸を生みました。

記憶力が思考力を助けることはありますが、記憶力による豊富な知識はかえって問題を複雑にし、何かを見落とした何かを錯覚した一方的理論つまり机上の空論を作ってしまいます。

さらに、優秀な学者はストレスが起こりにくい体質なので精神的に高揚しています。つまり、自信過剰になったり怖いもの知らずになってしまいます。油断をしたり危険を危険とも思わず無理を無理とも思いません。

99%危険だと証明されていても100%危険が証明されなければ安全であるという恐ろしい理論によって、恐ろしい睡眠薬が日本だけ大量使用されているのは、優秀な学者や西洋医学の合理的思考が欠如していることの証明になっています。

学者は簡単なことを難しくわかりにくく説明しますが、戦略家は難しいことをできるだけ簡単にわかりやすく説明します。学者は、わからないことを素直にわからないと認めません。わからない時は今までの常識が正しく、それ以外は間違いと断定してしまいます。完全に危険でなければ安全だとデジタルで考えてしまうのです。

学者は、これだけ難しく説明しているのだから正しいに違いないと思い、説明される側も、あれだけ難しいのだから正しいに違いないと思ってしまいます。つまり、わかってないのにわかったふりをする裸の王様現象が起きてしまうのです。

資本主義も共産主義も、優秀な学者によって説明された何かを見落とした机上の空論でした。我々はわかってないのにわかったふりをしてきたのです。

孫子の兵法では、己を知れ、身の程を知れ、怖いものを怖がれ、自らの無知無力を謙虚に認め疑えと教えます。つまり、勝って兜の緒を締めよ、どんなに成功してもプライドや権威を持ってはならないということです。

人はプライドを持ったとたん、油断して滅びたり、危険を危険と思わず無理を無理と思わず突っ走り、やがて落とし穴に落ちてしまいます。プライドや権威を持つなと教えるのは孫子の兵法特有のものであり、孫子の兵法でなければ合理的思考はできないのです。

吉田松陰が試験のない松下村塾で育てていたのは、優秀な学者ではなく、孫子の兵法によって合理的思考のできる優秀な戦略家だったのです。

優秀な学者は大きなプライドがあるため自信過剰で怖いもの知らずです。油断をすることもあれば、危険を危険とも思わず無理を無理とも思いません。これは大きな危険を伴う戦争においては致命的です。戦略家から見れば絶好の標的であり鴨ネギになってしまいます。落とし穴さえ作れば簡単にはまってくれるからです。

学者に限らず強者、権力者、金持ち、美男美女、だまされた人を見下す人など何らかのプライドを持つ人は、自信過剰で怖いもの知らずの一面があり、詐欺師や戦略家から見ると絶好の獲物なのです。

だまされることの恐ろしさを軽く見てはいけません。傾国の美女と言います。ハニートラップで命を奪われることもあれば国が滅びることもあるのです。

優秀な戦略家は、だまされることを極端に嫌います。たとえどんなに絶好の機会を逃すことになっても、うまい話を徹底的に疑い絶対に近づきません。これを逆手に取ったのが空城の計です。優秀な戦略家や名軍師でもだまされるのですから、そうでない人がだまされないわけがありません。

錯覚を起こさない人はいません。全ての人はだます可能性があり、全ての人はだまされる可能性があると思わなければなりません。びくびくしながら生きていくくらいが丁度いいのです。怖いものだらけの世の中で、何も怖がらずに生きていくのは自殺行為です。もちろん、全てを怖がれということではありません。怖いものは怖がらなければなりませんが、怖くないものを怖がってはいけません。その見きわめは熟考が必要です。

日中戦争と太平洋戦争では、日本は散々にだまされました。しかも、だまされたことにいまだ気づいていません。

日清戦争と日露戦争で奇跡を起こした日本を尊敬する人は多く、張学良も大の親日家でした。しかし、満州事変で父である張作霖を殺され、可愛さあまって憎さが百倍。張学良は復讐の鬼になります。張学良は漢の張良のような名軍師であり優秀な戦略家でした。日本は最強の味方を最強の敵にしてしまったのです。

もちろん、張作霖を殺したのは自信過剰で怖いもの知らずの優秀な学者つまりエリート軍人でした。張学良は西安事件を起こし、国共合作を成立させ、日中戦争を仕掛けてきます。

日中戦争では、あまりにも中国軍の負けっぷりが良すぎました。優秀な戦略家や名軍師なら、これは何かの罠だと警戒するものですが、日本軍の司令官は自信過剰で怖いもの知らずの優秀な学者つまりエリート軍人です。勝った勝ったと喜んで戦い続けました。

結局、戦争は泥沼になり、ありもしない南京大虐殺をでっち上げられ、虐殺者侵略者の汚名を着せられ、世界を敵にしてしまいます。そして、中国軍は米英に助けを求め、日本と米英は戦うことになります。

そうです。日本と米英を戦わせ共倒れさせるという張学良の計略だったのです。まるで絵に描いたような二虎競食の計略でした。

決して日本軍は悪かったのではありません。馬鹿だったのです。三国志の水鏡先生が言うように優秀な学者に頼ると馬鹿になってしまうのです。

日本と米英の大消耗戦が終わって始めて中国軍は動き始めます。日本軍の大虐殺が本当なら大陸に残った日本人をただで返すわけがありません。ただで返さなかったのは日本軍の大虐殺を信じたロシアだったのです。

日清戦争と日露戦争で奇跡を起こした日本を尊敬したのは張学良だけではありませんでした。アメリカのニミッツとスプールアンスも大の親日家でした。ニミッツとスプールアンスは東郷平八郎に会ったことがあり、東郷を敬愛し、その計略重視の考え方を見習っていました。日本では東郷は元帥として神様扱いで、見習うことはできないし畏れ多いことになっていました。

太平洋戦争でも日本の司令官は自信過剰で怖いもの知らずの優秀な学者つまりエリート軍人です。油断をしたり危険を危険だとも思わず無理を無理だとも思わず突っ走り、ミッドウェーで落とし穴に落ちてしまいます。

ミッドウェー海戦では日本側の度重なる不運が敗因とされるようですが、それだけではなく、東郷を見習ったニミッツとスプールアンスの計略がなければアメリカの勝利はありませんでした。試行錯誤で日本機動部隊の情報が集められ、海軍記念日に出撃することも予想し、周到な待ち伏せ挟み撃ちの計略が行われました。

本来、ミッドウェー海戦ではスプールアンスの代わりにハルゼーが参加するはずでしたが、急病で参加できなかったのです。ハルゼーは3K団のような人で日本人を差別し、東郷平八郎を計略に頼る卑怯者と軽蔑していました。T字戦法はルール違反だと思っていたかもしれません。戦艦ミズーリでの調印式で降伏文書に震えながらサインをする日本の大使に「早く書け!コノヤロー!」と怒鳴ったことでも知られます。

ハルゼーも優秀な学者であり自信過剰で怖いもの知らずです。ハルゼーがミッドウエー海戦に参加していたら、計略を嫌い正々堂々と戦ったかもしれません。それなら質量ともに勝る日本機動部隊に勝つことはできませんでした。

アメリカにとってミッドウエー海戦は、これに負けたら後がない絶体絶命での奇跡的勝利でした。ニミッツとスプールアンスが一番恐れていたのはアメリカ本土が攻撃されることです。広くて守りきれないということでしょうか。日本軍は数日で南京大虐殺をやったことにされているので、その恐怖は原爆以上だったかもしれません。

今の日本も学歴主義です。自衛隊の司令官も優秀な学者。自信過剰で怖いもの知らずです。緒戦に勝っても、いつか落とし穴に落ちてしまいます。合理的熟考が必要であり、戦争にはより慎重でなければなりません。

中国や北朝鮮も昔の日本と同じように自由にものが言えません。日本の民主主義を見習えとは言いませんが、指導者は自信過剰で怖いもの知らずの優秀な学者ではなく、怖いものを怖がり自らの無知無力を謙虚に認めることのできる優秀な戦略家であってほしいものです。

受験に成功し優秀な学者やエリートと言われる人は一生そうなのかというとそうではありません。自信過剰で怖いもの知らずなのですから、無理な勉強を長期間頑張ってしまうことがあります。するとストレスが起きやすい体質になり、下手をするとストレスの病気になってしまいます。そして、優秀な記憶力は失われてしまうのです。つまり肩書きだけの優秀な学者やエリートはたくさんいることになります。優秀な学者やエリートだと証明するには一生試験を受け続けなければならないのです。

ただ、優秀な記憶力があるときに憶えたことは、優秀な記憶力が失われても憶えているようです。誰でも難しい日本語が話せるのですから。

学者の悪口ばかり書きましたが、学者は学者にしかできないことがあるので悲観することはありません。しかし、優秀な学者だから何でも優れていると思ったら大間違いです。特に合理的思考力があると思ってはならないのです。

私も中学生のときは成績優秀でエリートコースでした。しかし、自信過剰で怖いもの知らずだったので、無理な勉強を長期間頑張ってしまい、ストレスの病気になり、記憶力ゼロになってしまったのです。

常識を守る学者くつがえす戦略家 金納雅彦

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憶えることに力を入れる人を学者、考えることに力を入れる人を戦略家と定義します。

戦略家として思い浮かぶ職業は詐欺師と手品師です。詐欺師は、まるで職業であるかのようにまかり通っています。しかし、優秀な戦略家は犯罪を犯しません。犯罪を犯すのは世界を敵に回す行為だからです。

怖いものを怖がり、怖くないものを怖がらないのが優秀な戦略家の条件です。武田信玄が、情けは味方仇は敵と言ったように、優秀な戦略家はできるだけ味方を作り、できるだけ敵を作りません。

優秀な戦略家や名軍師が仕える君主を裏切ったことはありません。君主を裏切るのも世界を敵に回す行為だからです。しかし君主から見ると、もし名軍師に裏切られたらひとたまりもないと遠ざけたり殺したりします。

劉備玄徳と諸葛孔明は水魚の交わりで最後まで信頼関係がありましたが、劉備の子劉禅は孔明が裏切るのではないかと心配し、勝ち戦さをしている孔明を二度も呼び戻しました。

手品師も考えることに力を入れる職業です。第二次大戦でイギリスの手品師が連合軍に味方してドイツ軍を大いに苦しめました。その全容は明らかになっておらず軍事機密になっているようです。明らかになっているもののひとつが偽装戦車です。輸送車を戦車に偽装し戦車を輸送車に偽装しアフリカ戦線でドイツ軍を苦しめました。

ノルマンディー上陸作戦が成功したのは写真のような中身が空気の偽装戦車を大量に作り、別の場所から上陸するように見せかけたからでした。偽装戦車の存在を知っているロンメルはヒットラーに進言したようですが聞き入れられませんでした。

アフリカ戦線で使われた偽装戦車がヨーロッパ戦線で使われないわけはありません。ドイツ軍が撃破したシャーマン戦車の大半が偽装戦車だったのかもしれません。これが本当なら軍事機密になるはずです。

本物の戦車1台作る費用で偽装戦車を何十台も作ることができます。中身が空気なら何百台も作れます。これで敵に恐怖を与えたり、囮になって味方の戦車を助けたりと様々な虚虚実実の作戦ができるのですから使わない手はありません。

戦車戦は潰し合いの凄惨なものです。何かの計略がなければ一方的勝利はありません。戦車の弱点は重過ぎることです。戦車しか落ちないような落とし穴を素早く作る重機も必要かもしれません。
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仮にイギリスの手品師が日本に味方していたら偽装空母を何隻も作ってアメリカを大いに苦しめたはずです。廃船に本物そっくりの飛行甲板と艦橋をつければ出来上がりです。いや、イギリスの手品師ならアメリカに味方しないわけはありません。偽装空母を作っていたのはアメリカなのかもしれません。

太平洋戦争中のアメリカの空母の増え方は度を越していました。大半が手抜きの偽装空母だったとしても不思議ではありません。これなら窮鼠猫を噛むで日本軍がアメリカ本土に上陸する心配もなくなります。当然、偽装自衛艦もありうるのです。

孫子の兵法では兵は詭道なり、つまり戦争はだまし合いだと言います。言い換えれば戦争は手品だと言えるのです。歴史上の名軍師がやってきたことは、ほとんどが手品だったのです。

信じられない話があると学者は笑い戦略家は微笑みます。信じられない話を学者は頭から否定し聞く耳を持ちませんが、戦略家は興味を持ち、それが本当である可能性を追求します。信じられない話が本当だったという例は山ほどあり、信じられない話だから頭から否定するのは合理的思考ではないのです。

合理主義者の諸葛孔明が占いに興味を持ち研究していたのは当然なのです。私もノストラダムスの大予言に興味を持っています。1999年に人類が核戦争で滅びるという予言は外れましたが、ノストラダムスは嘘の予言をして人を救ったと言う話があります。決闘をしなければならなくなった騎士に必ず決闘に負けて死ぬという予言をし、死ぬ覚悟ができたおかげで、その騎士は決闘に勝つことができたというのです。まるで孫子の兵法の背水の陣を理解しているような話です。

人類が核戦争で滅亡するという予言をすれば、誰も核戦争ができなくなります。自分達も滅びていいから核戦争をやろうと思う人はいないからです。1999年は冷戦が終わり核戦争は起きないと誰もが安心しました。しかし、地震も津波も戦争も流行病も油断した頃にやって来ます。冷戦が終わったことで誰が起こしたかわからないように核戦争をやれば核戦争を起こした国だけが生き残る可能性があったのです。

ノストラダムスの大予言には5月の大地震と書かれてあり、それが何を指すのか謎だったのですが、四川の大地震が予言された月日に起きました。他にも驚くべきことばかりで、まさにアンビリーバブルなのです。

学者が地球は動いているとか大陸は動いているとか信じられない話をすると、同じ学者仲間から笑われ村八分にされ袋叩きにされました。日本だけ大量使用の睡眠薬を危険だと言う学者は袋叩きにされるのです。学者は常識内で考え、戦略家は常識外で考えるのです。

小さなアイデアで大きな変化をもたらす。これが戦略家の醍醐味です。もちろん小さなアイデアだからと言って簡単に生まれるものではありません。小さなアイデアを何百年も誰も気づかないということがあるのです。コロンブスの卵も種明かしをしなければ優秀な学者が何百年研究してもわからないということになります。
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人間の記憶力は下等動物の記憶力より劣っているという話があります。確かに人間は昨日起きたことも簡単に忘れてしまいます。他の動物はそういうことがなく過去の事をはっきりと憶えているのだそうです。人間は記憶力を手放すことで思考力を手に入れたと言われているのです。

オウムやインコは意味のわからない人間の言葉を正確に憶えることができます。人間が意味のわからない外国語を正確に憶えるのは簡単なことではありません。しかもオウムやインコは頑張ってやっているのではなく遊びでやっているのです。

学歴社会の中、人間は下等動物であることを自慢し威張ってきたのです。人類は昔から何かと理由をつけて上下関係を作り威張ってきました。上下関係を全て否定するのではありません。烏合の衆にならないため仕方なく上下関係は必要です。しかし、それ以外の上下関係は許されません。威張ることを目的にした上下関係など持っての外なのです。

人間ほど弱くて美味しい生き物はありません。人間が天敵である猛獣達から身を守ることができたのは、落とし穴などの仕掛けや弓矢などの武器を作ったからです。これらは記憶力で作られるものではなく思考力で作られるものです。人間が生き残るために必要だったのは記憶力ではなく思考力だったのです。

学者馬謖論 金納雅彦

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学者は馬謖である。日本が戦争に巻き込まれたのも、脚気によって甚大な人命が失われたのも全ては学者のせいである。

学者の多くは自信過剰で怖いもの知らずの馬謖なのだ。優秀なエリートに大きな仕事を任せると大失敗をすることがある。これを馬謖現象と言うことにする。

エリートというのはただ記憶力が優れているだけであり、記憶力に頼ろうとするぶん思考力はなくなるのだ。

学者は難しいことを言うわりに正しい答えを出そうとしない。難しいことを言って相手を錯覚させ論破することで満足してしまうのだ。もちろん自らも錯覚してしまうのだ。

そもそも人類みな馬鹿ボン。世の中はわからないことばかりであり知らないことばかり。これを素直に認められない人は救いようのない永遠の馬鹿であり、認められる人は馬鹿でなくなるかもしれない救いようのある馬鹿なのだ。

考えるというのは、わからないことをわかるようにするということである。だから自分の無知を認めなければ考えることはできない。つまり自分が馬鹿であることを認めなければ考えることはできないのだ。

プライドの高い学者は自分が馬鹿であることを認めるのは難しい。したがって学者は考えることができないのだ。謙虚にわからないという言葉を使おうとしないので、一方的理論で出た答えを信じて疑わない。これを権威主義と呼ぶことがある。

人は誰でも間違いを犯したりだまされたりする。間違いを犯す人間が合理的に考えても合理的とは言えないのだ。何かを見落とすか錯覚した一方的理論や机上の空論になってしまう。

孫子の兵法で己を知れと言うように、自らの無知無力を素直に認めなければならない。自らの間違いを認めることが正しい答えを出す唯一の方法である。

記憶力は超能力ではない。記憶力があれば落とし穴が見分けられるわけではない。落とし穴に限らず様々なトリックやトラップにだまされるのだ。

危険な睡眠薬も何かを見落とした一方的理論で安全だと信じられている。脚気と同様に危険性が無視されているのだ。睡眠薬による犠牲者は脚気による犠牲者をはるかに上回っている。

睡眠薬や抗不安薬などに使われるベンゾジアゼビンは、日本とアメリカだけで大量長期使用されている。日本はアメリカの銃販売よりもはるかに危険なことをしているのだ。

正常性バイアスとも呼ばれるが、危険だとわかっているのに、みんながやっているので安全だと思い込まれているのだ。もちろん安全なわけがない。

ベンゾジアゼビンによる離脱症状は地獄の苦しみであり、心不全や自殺そして事件事故を引き起こす。

吉田松陰も「学者になるな。明倫館などくそ食らえ」と言っているのだ。多分。

     学者を見たら馬謖と思え

馬鹿であることを嫌がってはいけない。馬鹿であることを嫌がり認めなければ永遠の馬鹿になってしまう。馬鹿であることは、これから馬鹿でなくなるということであり、むしろいいことなのだ。

コンピューターは考えることができると言われているが、優れた記憶力で命令どうり動くだけだあり、学者も同じなのだ。

学者は学校で習ったことを絶対正しいと信じ込み、その知識で何でも判断する。全てを疑い新しいアイデアを出すことができない。

学者が新しいアイデアを出すとダーウインやウエーゲナーのように袋叩きにされる。しかし信じられない話や少数派が正しかったとき学問は発展し人類は進歩するのだ。

学者は新しいアイデアを出そうとしないので発明をする人は少ない。コンピューターも発明をしたり新しいアイデアを出すことはできないだろう。コンピューターが何か発明をしたら私もシャッポを脱ぐかもしれない。

学者に比べ優秀な戦略家は発明が得意だ。諸葛孔明は肉まんを発明し東郷平八郎は肉じゃがを発明した。コンピューターも何か料理を発明してもらいたいものだ。

実は私も中学生時代は成績優秀で自信過剰で怖いもの知らずの馬謖だったのだ。成績優秀だと精神的に高揚し、まるで全知全能の神様になったような錯覚をしてしまう。

そして自分の考えたことは絶対正しいと信じ込み、一方的理論で突き進もうとする。もちろんそんなことをすれば間違いやすいしだまされやすい。そのため私は無理な勉強をしてしまいストレス病になり人生を台無しにしてしまった。優秀だった私の記憶力はゼロになってしまったのだ。
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優秀な戦略家から見れば優秀な学者はまさにだましやすいカモネギである。

ミッドウェー海戦において南雲司令官は明らかに自信過剰で怖いもの知らずの馬謖であり、ニミッツとスプールアンスは東郷平八郎から教えを受けた用心深い優秀な戦略家だったのだ。

孫子の兵法で己を知れと言うように、自らの無知無力を素直に認めることができれば、学者のように権威主義の石頭になることはなく、占いなどのオカルトに興味を持つことはあっても、これを妄信することはなくなるのである。

学問は学者だけのものであってはならない。常に全ての人のものでなければならない。全ての人に思考力はあり、誰もが素晴らしいアイデアを出す可能性があるのだ。学問はただの記憶力の競争ではない。

入試なしで誰でも入れ、先生と対等に議論し何が正しいのか考える松下村塾のようなものが必要である。おそらくギリシャ・ローマ時代の哲学も憶える事より考える事を重視したものに違いない。

中国が弱体化したのは科挙という受験戦争のためである。記憶力の競走ばかりやって思考力を失い新しい時代に対応できなかった。今の日本も世界も中国の二の舞を演じている。

戦略という言葉は戦いを略し省くと書く。つまりできるだけ戦わず、よくよく考え上手くやっていくという意味合いがある。できるだけ仲良くやっていこうということなのだ。しかしこの世に悪がある限り必要で可能ならば戦うことを否定しない。

どのような場合でも絶対に戦わないというのは、悪を容認するか悪に加担するということである。そういう教育者はあってはならない。
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我々はモノを考えるときに目をつむったり何もないところを見たりする。これは余計な記憶を消そうとしているのだ。思考に記憶は邪魔なことがある。

つまり記憶力の優れている人は、頭がゴミ屋敷なのだ。当たらずとも遠からずである。

下等動物ほど優れた記憶力を持っているという説がある。人間は記憶力を捨てることにより思考力を手に入れたと言われているのだ。
プロフィール

呉越の戦い

Author:呉越の戦い
金納雅彦 1958年2月20日福岡県に生まれる。中学生時代に無理な勉強をしてストレス病になり、いまだに治りません。しかし様々な経験から合理的に考えることの重大さを知ります。そして明治政府が孫子の兵法に大きく関係していることを発見します。以後、孫子に傾倒し研究を続けています。

「弱者の味方 孫子の兵法 」 簡単でよくわかる
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