FC2ブログ

吉田松陰は孫子の兵法を捨ててはいない 金納雅彦

DVC00002_20111013140208_2014042701301964b.jpg
ある本に「吉田松陰は山鹿流孫子の兵法の専門家だが、やがて孫子の兵法を捨て去り、西洋兵学に走った」と書いてありました。しかし、それは大きな間違いです。

吉田松陰は孫子の兵法の「敵を知り己を知れ」という考え方に基づき、武器などを中心に西洋のいいものだけを取り入れただけなのです。結局、戦略的なことは西洋のものを取り入れることはありませんでした。吉田松陰が明治の元勲たちに教えたのは孫子の兵法がほとんどだったと言って過言ではありません。

明治政府は三国干渉を受け入れた時「臥薪嘗胆」という言葉を使いました。これは孫子に関係する2500年前の呉越の戦いの故事です。これからも明治政府が大きく孫子に傾倒していたことがわかります。
明治政府は孫子の兵法の「戦わずして勝て」「兵は詭道なり」という考え方に基づき、作戦計略重視で試行錯誤をしました。そのおかげで日清戦争や日露戦争で、比較的短期間に一方的に勝つという奇跡を起こしたのです。
力が全てだという中途半端な合理主義の西洋兵学では、次の第一次世界大戦のように戦争は長期化し、双方とも甚大な犠牲と損害を出すことになります。

東郷平八郎は日露戦争の時、常に孫子の本を持っていたという話があります。
プロフィール

呉越の戦い

Author:呉越の戦い
金納雅彦 1958年2月20日福岡県に生まれる。中学生時代に無理な勉強をしてストレス病になり、いまだに治りません。しかし様々な経験から合理的に考えることの重大さを知ります。そして明治政府が孫子の兵法に大きく関係していることを発見します。以後、孫子に傾倒し研究を続けています。

「弱者の味方 孫子の兵法 」 簡単でよくわかる
最新記事
Translation(自動翻訳)
ナイト2000

きんのうまさひこきんのうまさひこ

カテゴリ 古い順
カレンダー 月
飛びます80くん2
つよさゲッター
呉越の戦い
ローマ帝国宣伝マン
せいべつ
レベル
ちから
すばやさ
こうげき力
しゅび力
EX
メッセージ1
メッセージ2
本日の残り時間
消す?
消す?

終わる時は更新ボタンを押してください。
※JavaScriptをONにしないと利用できません。

リンク
カウンター
PikaPika_Atlantis
Present's by
3ET
MMOタロット占い
非常ボタン
キラキラ星2
UFOを見たら幸運
招き猫