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硫黄島とラバウルそしてフィリッピン 金納雅彦

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各地の熟練パイロットは日本本土に向かうように打電されます。
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硫黄島ではサイパン島が陥落してからアメリカによる空爆が連日のように続いていました。
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兵士は洞穴に立てこもり、ひたすら耐えるしかありません。ここにも飛行機を持たない熟練パイロットがいます。
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安宅大尉他3名です。
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ここはラバウル。昭和17年10月の南太平洋海戦でアメリカは空母ホーネットを失い使用可能な空母がなくなりました。自ら史上最悪の海軍記念日と呼び日本はハワイやアメリカ本土に攻め込んでくると恐怖を感じたそうです。ハワイのアメリカ人は日本軍の上陸を恐れアメリカ本土にほとんど移住してしまいました。
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しかし日本はミッドウェー海戦敗北がトラウマになっており二度と東進することはありませんでした。ここラバウルを拠点に目的のない戦いを続けました。おかげでアメリカは多くの飛行機をヨーロッパに回すことができドイツから制空権を奪います。どんな強力なドイツの戦車部隊も制空権がなければ爆撃の目標でしかありません。ベトナムのような戦車を隠してくれるジャングルはヨーロッパにはないのです。日本の消極性がヒットラーを大いに苦しめたことになります。
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戦争後半、戦略的価値のないラバウルは戦闘から取り残されてしまいます。ここにも矢野大尉他多くの熟練パイロットがいます。
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ここはフィリッピン。レイテ沖海戦以後、制空権はアメリカのものになり日本は苦しい戦いを続けていました。
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ここにも滝大尉他多くの熟練パイロットがいます。
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しかし連日の戦闘で多くの戦死者が出てしまいます。
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ある日、空中戦で不時着した清水中尉が幸運にも現れます。

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プロフィール

呉越の戦い

Author:呉越の戦い
金納雅彦 1958年2月20日福岡県に生まれる。中学生時代に無理な勉強をしてストレス病になり、いまだに治りません。しかし様々な経験から合理的に考えることの重大さを知ります。そして明治政府が孫子の兵法に大きく関係していることを発見します。以後、孫子に傾倒し研究を続けています。

「弱者の味方 孫子の兵法 」 簡単でよくわかる
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