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日本に石油を一滴売れば中国兵の血が一ガロン流れる 金納雅彦

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「日本に石油を一滴売れば中国兵の血が一ガロン流れる」というのは日中戦争時に国共合作の中国軍がアメリカに対して言った言葉です。つまり実質的に日本を太平洋戦争に追い込んだ石油禁輸政策いわゆるABCD包囲陣は中国軍主導で行われたことがわかります。
もともと日中戦争は中国軍が負けたふりをして逃げアメリカに助けを求め、上手く日本とアメリカを戦わせ共倒れをさせるという二虎競食の計略です。よって中国兵の血はほとんど流れてはいなかったのです。結局この計略は成功し、ほとんどの外国が中国から出て行きます。
しかし、負けたふりをして逃げるというのはいいとして、中国軍は実際に多くの中国人が犠牲にならなければ外国の同情を買うことはできないと考えてしまったようです。中国軍は日中戦争を始めるとすぐに工事によって黄河の流れを変え大洪水を起こします。そのため100万人の中国人が犠牲になり、洪水による飢饉でさらに多くの中国人が犠牲になります。
中国軍は、日本軍が洪水を起こして多くの中国人を虐殺していると宣伝しましたが、さすがにアメリカはこれを鵜呑みにはしませんでした。アメリカは中国軍が日本軍から逃げるため仕方なく起こした洪水だと判断したようです。しかし、日本もアメリカも中国軍が負けたふりをして逃げているとは最後まで想像もできなかったのです。
中国軍は逃げながら中国人から略奪を繰り返し中国の町や村を焼き払い利用価値をなくしました。いわゆる焦土作戦です。これにより多くの中国人犠牲者が出てしまい、中国軍を恨む中国人が多く出てしまいます。中国軍は中国軍を恨む中国人を漢奸と呼び、日本に味方する裏切り者として厳しく罰しました。さらし首などの厳しい罰を受けた中国人が大勢出てしまいます。
漢奸に対する処罰は戦後も続きます。少しでも疑われると漢奸として厳しく処罰されました。やがてその恨みはなぜか国民党に向けられます。そのため国民党はあっけなく共産党に敗れ台湾に逃れたのです。
日中戦争という二虎競食の計略は、やり方が残酷すぎて利口とは言えなかったようです。

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プロフィール

呉越の戦い

Author:呉越の戦い
金納雅彦 1958年2月20日福岡県に生まれる。中学生時代に無理な勉強をしてストレス病になり、いまだに治りません。しかし様々な経験から合理的に考えることの重大さを知ります。そして明治政府が孫子の兵法に大きく関係していることを発見します。以後、孫子に傾倒し研究を続けています。

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