日本は学歴主義だったので戦争に負けた 金納雅彦

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三国志で戦争に負けてばかりいるの劉備玄徳に水鏡先生がアドバイスをします。「憶えることに専念する優秀な学者に頼るのではなく、考えることに専念する優秀な戦略家を探しなさい」
こうして劉備は徐庶、諸葛孔明、龐統と優秀な戦略家を味方にしていきます。

憶えることに力を入れる人を学者、考えることに力を入れる人を戦略家と定義できると思います。

人類は何千年もの間、憶える力のある人は考える力もあるという大きな錯覚をしてきたため、避けられる戦争を避けられず、小さい戦争を大消耗戦にしてきました。戦争に限らず多くの幸福を失い多くの不幸を生みました。

記憶力が思考力を助けることはありますが、記憶力による豊富な知識はかえって問題を複雑にし、何かを見落とした何かを錯覚した一方的理論つまり机上の空論を作ってしまいます。

さらに、優秀な学者はストレスが起こりにくい体質なので精神的に高揚しています。つまり、自信過剰になったり怖いもの知らずになってしまいます。油断をしたり危険を危険とも思わず無理を無理とも思いません。

99%危険だと証明されていても100%危険が証明されなければ安全であるという恐ろしい理論によって、恐ろしい睡眠薬が日本だけ大量使用されているのは、優秀な学者や西洋医学の合理的思考が欠如していることの証明になっています。

学者は簡単なことを難しくわかりにくく説明しますが、戦略家は難しいことをできるだけ簡単にわかりやすく説明します。学者は、わからないことを素直にわからないと認めません。わからない時は今までの常識が正しく、それ以外は間違いと断定してしまいます。完全に危険でなければ安全だとデジタルで考えてしまうのです。

学者は、これだけ難しく説明しているのだから正しいに違いないと思い、説明される側も、あれだけ難しいのだから正しいに違いないと思ってしまいます。つまり、わかってないのにわかったふりをする裸の王様現象が起きてしまうのです。

資本主義も共産主義も、優秀な学者によって説明された何かを見落とした机上の空論でした。我々はわかってないのにわかったふりをしてきたのです。

孫子の兵法では、己を知れ、身の程を知れ、怖いものを怖がれ、自らの無知無力を謙虚に認め疑えと教えます。つまり、勝って兜の緒を締めよ、どんなに成功してもプライドや権威を持ってはならないということです。

人はプライドを持ったとたん、油断して滅びたり、危険を危険と思わず無理を無理と思わず突っ走り、やがて落とし穴に落ちてしまいます。プライドや権威を持つなと教えるのは孫子の兵法特有のものであり、孫子の兵法でなければ合理的思考はできないのです。

吉田松陰が試験のない松下村塾で育てていたのは、優秀な学者ではなく、孫子の兵法によって合理的思考のできる優秀な戦略家だったのです。

優秀な学者は大きなプライドがあるため自信過剰で怖いもの知らずです。油断をすることもあれば、危険を危険とも思わず無理を無理とも思いません。これは大きな危険を伴う戦争においては致命的です。戦略家から見れば絶好の標的であり鴨ネギになってしまいます。落とし穴さえ作れば簡単にはまってくれるからです。

学者に限らず強者、権力者、金持ち、美男美女、だまされた人を見下す人など何らかのプライドを持つ人は、自信過剰で怖いもの知らずの一面があり、詐欺師や戦略家から見ると絶好の獲物なのです。

だまされることの恐ろしさを軽く見てはいけません。傾国の美女と言います。ハニートラップで命を奪われることもあれば国が滅びることもあるのです。

優秀な戦略家は、だまされることを極端に嫌います。たとえどんなに絶好の機会を逃すことになっても、うまい話を徹底的に疑い絶対に近づきません。これを逆手に取ったのが空城の計です。優秀な戦略家や名軍師でもだまされるのですから、そうでない人がだまされないわけがありません。

錯覚を起こさない人はいません。全ての人はだます可能性があり、全ての人はだまされる可能性があると思わなければなりません。びくびくしながら生きていくくらいが丁度いいのです。怖いものだらけの世の中で、何も怖がらずに生きていくのは自殺行為です。もちろん、全てを怖がれということではありません。怖いものは怖がらなければなりませんが、怖くないものを怖がってはいけません。その見きわめは熟考が必要です。

日中戦争と太平洋戦争では、日本は散々にだまされました。しかも、だまされたことにいまだ気づいていません。

日清戦争と日露戦争で奇跡を起こした日本を尊敬する人は多く、張学良も大の親日家でした。しかし、満州事変で父である張作霖を殺され、可愛さあまって憎さが百倍。張学良は復讐の鬼になります。張学良は漢の張良のような名軍師であり優秀な戦略家でした。日本は最強の味方を最強の敵にしてしまったのです。

もちろん、張作霖を殺したのは自信過剰で怖いもの知らずの優秀な学者つまりエリート軍人でした。張学良は西安事件を起こし、国共合作を成立させ、日中戦争を仕掛けてきます。

日中戦争では、あまりにも中国軍の負けっぷりが良すぎました。優秀な戦略家や名軍師なら、これは何かの罠だと警戒するものですが、日本軍の司令官は自信過剰で怖いもの知らずの優秀な学者つまりエリート軍人です。勝った勝ったと喜んで戦い続けました。

結局、戦争は泥沼になり、ありもしない南京大虐殺をでっち上げられ、虐殺者侵略者の汚名を着せられ、世界を敵にしてしまいます。そして、中国軍は米英に助けを求め、日本と米英は戦うことになります。

そうです。日本と米英を戦わせ共倒れさせるという張学良の計略だったのです。まるで絵に描いたような二虎競食の計略でした。

決して日本軍は悪かったのではありません。馬鹿だったのです。三国志の水鏡先生が言うように優秀な学者に頼ると馬鹿になってしまうのです。

日本と米英の大消耗戦が終わって始めて中国軍は動き始めます。日本軍の大虐殺が本当なら大陸に残った日本人をただで返すわけがありません。ただで返さなかったのは日本軍の大虐殺を信じたロシアだったのです。

日清戦争と日露戦争で奇跡を起こした日本を尊敬したのは張学良だけではありませんでした。アメリカのニミッツとスプールアンスも大の親日家でした。ニミッツとスプールアンスは東郷平八郎に会ったことがあり、東郷を敬愛し、その計略重視の考え方を見習っていました。日本では東郷は元帥として神様扱いで、見習うことはできないし畏れ多いことになっていました。

太平洋戦争でも日本の司令官は自信過剰で怖いもの知らずの優秀な学者つまりエリート軍人です。油断をしたり危険を危険だとも思わず無理を無理だとも思わず突っ走り、ミッドウェーで落とし穴に落ちてしまいます。

ミッドウェー海戦では日本側の度重なる不運が敗因とされるようですが、それだけではなく、東郷を見習ったニミッツとスプールアンスの計略がなければアメリカの勝利はありませんでした。試行錯誤で日本機動部隊の情報が集められ、海軍記念日に出撃することも予想し、周到な待ち伏せ挟み撃ちの計略が行われました。

本来、ミッドウェー海戦ではスプールアンスの代わりにハルゼーが参加するはずでしたが、急病で参加できなかったのです。ハルゼーは3K団のような人で日本人を差別し、東郷平八郎を計略に頼る卑怯者と軽蔑していました。T字戦法はルール違反だと思っていたかもしれません。戦艦ミズーリでの調印式で降伏文書に震えながらサインをする日本の大使に「早く書け!コノヤロー!」と怒鳴ったことでも知られます。

ハルゼーも優秀な学者であり自信過剰で怖いもの知らずです。ハルゼーがミッドウエー海戦に参加していたら、計略を嫌い正々堂々と戦ったかもしれません。それなら質量ともに勝る日本機動部隊に勝つことはできませんでした。

アメリカにとってミッドウエー海戦は、これに負けたら後がない絶体絶命での奇跡的勝利でした。ニミッツとスプールアンスが一番恐れていたのはアメリカ本土が攻撃されることです。広くて守りきれないということでしょうか。日本軍は数日で南京大虐殺をやったことにされているので、その恐怖は原爆以上だったかもしれません。

今の日本も学歴主義です。自衛隊の司令官も優秀な学者。自信過剰で怖いもの知らずです。緒戦に勝っても、いつか落とし穴に落ちてしまいます。合理的熟考が必要であり、戦争にはより慎重でなければなりません。

中国や北朝鮮も昔の日本と同じように自由にものが言えません。日本の民主主義を見習えとは言いませんが、指導者は自信過剰で怖いもの知らずの優秀な学者ではなく、怖いものを怖がり自らの無知無力を謙虚に認めることのできる優秀な戦略家であってほしいものです。

受験に成功し優秀な学者やエリートと言われる人は一生そうなのかというとそうではありません。自信過剰で怖いもの知らずなのですから、無理な勉強を長期間頑張ってしまうことがあります。するとストレスが起きやすい体質になり、下手をするとストレスの病気になってしまいます。そして、優秀な記憶力は失われてしまうのです。つまり肩書きだけの優秀な学者やエリートはたくさんいることになります。優秀な学者やエリートだと証明するには一生試験を受け続けなければならないのです。

ただ、優秀な記憶力があるときに憶えたことは、優秀な記憶力が失われても憶えているようです。誰でも難しい日本語が話せるのですから。

学者の悪口ばかり書きましたが、学者は学者にしかできないことがあるので悲観することはありません。しかし、優秀な学者だから何でも優れていると思ったら大間違いです。特に合理的思考力があると思ってはならないのです。

私も中学生のときは成績優秀でエリートコースでした。しかし、自信過剰で怖いもの知らずだったので、無理な勉強を長期間頑張ってしまい、ストレスの病気になり、記憶力ゼロになってしまったのです。

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プロフィール

呉越の戦い

Author:呉越の戦い
金納雅彦 1958年2月20日福岡県に生まれる。中学生時代に無理な勉強をしてストレス病になり、いまだに治りません。しかし様々な経験から合理的に考えることの重大さを知ります。そして十数年前に明治政府が孫子の兵法に大きく関係していることを発見します。以後、孫子に傾倒し研究を続けています。

「弱者の味方 孫子の兵法 」 簡単でよくわかる
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